2012年6月25日月曜日

南米から県海外技術研修員3人が来県

 愛媛県の2012年度海外技術研修員3人が6月21日、ブラジルとペルーから来県した。7月2日から8月下旬まで松山市の県国際交流センターで日本語などの基礎研修を行い、9月3日から来年3月上旬まで県内の研修協力機関でそれぞれ専門分野の実務研修に励む。
 南米愛媛県人会の会員の子弟を対象に受け入れており、本年度は山本・ラファエル・正さん(25)=ブラジル・サンパウロ=が松山市古三津3丁目の三津整形外科で理学療法、菊池・福島・シンチア・真弓さん(24)=ブラジル・アチバイア=が東温市下林のバツフォ計画工房でインテリアデザイン、吉岡・ベラスケス・フアン・アレハンドロさん(27)=ペルー・リマ=が今治市天保山町5丁目の森松水産冷凍で水産加工管理を学ぶ。
 3人は祖父らが松山市や宇和島市、西予市の出身で、愛媛の土を踏むのは初めて。祖父の郷里を訪れたことに感激し、県の事業に感謝。「研修ではいろいろなことを学び、大きな成果を上げたい」と張り切っている。

【写真】県海外技術研修員として南米から来県した(左から)山本正さん、福島シンチアさん、吉岡アレハンドロさん

2012年6月23日土曜日

青年海外協力隊 出発前に知事を表敬訪問

 青年海外協力隊の平成24年度1次隊として派遣される4人が6月22日、出発を前に中村時広知事を表敬訪問した。
 派遣先は、黒川美央さん(39)=松山市=が公衆衛生でルワンダ、田中健太郎さん(28)=同=が環境教育でフィジー、有田直矢さん(22)=同=が野菜栽培でガボン、登尾泰平さん(26)=新居浜市=が青少年活動でスリランカ。6月中に出発し、派遣期間は2年間。
 4人は県海外協会会員でもある県青年海外協力隊を育てる会の役員らと県庁を訪問。中村知事から「えひめ海外協力大使」を委嘱され、「健康と安全に留意して活動してきてください」と激励を受けた。
 最年少の有田さんはネリカ米の試験栽培場で活動することになっており、「現地に適したネリカ米の品種を絞り込みたい。日本の文化も伝えたい」と目を輝かせていた。

 【写真】中村時広知事(中央)と記念撮影する青年海外協力隊の4人

2012年6月21日木曜日

海外協会が総会開催 2委員会を設置へ

 愛媛県海外協会(井上善一会長)は6月20日、松山市南堀端町の東京第一ホテル松山で平成24年度通常総会を開いた。会員164人(委任状を含む)が出席し、24年度の事業計画や予算などを決めた。
 井上会長が「1年間、事務局長が不在で心配をかけたが、今年4月に事務局長を迎えて新体制がスタートした。来年の海外協会設立30周年を控えた作業が若干遅れているものの、ブラジルへの研修生派遣や南米からの里帰り事業、在外県人会との交流など、事務局長不在の割にはまずまずの成果を上げた」と前年度を総括。「厳しい財政状況だが、会員のご協力をいただき、30周年を迎える歴史で培ってきたものをさらに発展させないといけない」とあいさつ。23年度の事業と収支決算報告、24年度の事業計画と収支予算案を可決承認、2年の任期満了に伴う役員改選で、会長に井上善一氏(元瀬戸町長)を再選した。
  事業計画では、来年の設立30周年に向けて記念誌発刊の資料収集と編集作業に取り組むほか、①会員の増強拡大を検討する組織対策委員会②ブラジル研修生受け入れ事業を推進する国際交流委員会―の設置を盛り込んだ。


 続いて、愛媛大学名誉教授で国立新居浜工業高等専門学校校長の鈴木幸一氏が「私の見たブラジル」と題して記念講演。愛媛大時代の学術研究や大学間連携、ブラジル愛媛県人会との交流など四半世紀に及ぶ体験談を交えながら、等身大の同国について語った。

 懇親会もあり、出席者は南米各国や米国カリフォルニア州などの愛媛県人との連携について語り合うなど、和気あいあいの時間を過ごした。

【写真】㊤平成24年度事業計画などを決めた県海外協会通常総会㊥記念講演でブラジルについて語る鈴木幸一氏㊦ブラジル派遣研修生OB会員も出席した懇親会

2012年5月21日月曜日

天神丸出航から100年 「北針」精神に学ぶ

 大正初期、八幡浜市真穴地区の若者たちが新天地アメリカでの成功を夢見て小型船で出航して100年目になるのを記念し、地元の顕彰団体「地域文化振興協議会・北針(きたばり)」は5月20日、JA西宇和真穴支店で式典を開いた。彼らの命懸けの渡航に光を当てた作家と研究者の講演に耳を傾け、先人の不屈の精神に学んだ。
 真穴地区は明治末期から大正にかけ、アメリカンドリームを目指した人々が多かった。1913(大正2)年5月には、15人を乗せた打瀬船(うたせぶね)と呼ばれる、底引き網漁に使う帆掛け船天神丸(全長15メートル)が源蔵前の浜から密かに出航した。「北針」という、木枠に入った磁石を頼りに太平洋を横断。58日に及ぶ決死の航海を経てサンフランシスコの北、ポイントアリーナにたどり着いたが、密航者として拘禁され、強制送還された。

 式典には、地元住民ら約80人が出席。北針の松浦有毅会長が「地域の振興は先人の威風、業績を掘り起こすことから始まる」と主催者あいさつ。天神丸の航海をまとめた著作「北針」がある作家大野芳さんは、30余年前の取材の裏話を交えながら「密航という暗いイメージのものを明るいものに変えた北針の活動意義は大きい」と評価。八西地区の移民史に詳しい敬愛大学教授村川庸子さん=今治市出身=は「移民は貧しい地域から出ると言われていたが、調査結果は決してそうではない。真穴からのかつての移民は次男、三男よりも長男が多かった。数年働いて金銭がたまれば、いずれは帰ってくるつもりだった」と解説した。北針も発足から20年の歩みを振り返った。

 式典に先立ち、源蔵前で、国道378号の拡幅工事で場所を移動した記念碑の移転完了の神事も行われた。

【写真】㊤北針が天神丸の出航100年目を記念して開いた講演会㊦源蔵前で行われた記念碑の移転完了の神事